赤ひげ
- 2008/02/16(土) 07:46:51
黒澤明監督の映画「赤ひげ」を見た。
素晴らしくて涙が出そうになった。
こんな美しい映画、最近ないなと思った。
将来医者を志す人にはぜひ見てもらいたい作品だ。
こんな美しい作品は、見ることで心の垢を少しでも取り除けるだろう。
画像が美しいだけ、登場人物の容姿が美しいだけ
という映画が大量に流通するようになってしまった。
赤ひげの元に研修医としてやってきた青年は、
はじめ赤ひげに反発する。
診療所には病にかかった人がごった返し、激務にもかかわらず薄給であり、
必死に学んだ高度な医学をこんなところで使いなくないと、不平不満を周りに撒き散らす。
その青年と入れ替わりで診療所から抜け出せるという研修医も、こんなひどいところを出られるということで、表情が明るい。
その青年は高度なオランダ医学を学び、このような診療所なんかで自分の能力を消費したくないと、赤ひげの言動の何もかもを否定する。
やがて、様々な出来事を通して赤ひげの人を思いやる姿勢に感動し、医学とは他のために尽くすものだということを徐々に達観していく。
あくまで自分のことにのみに心が囚われていた青年は、はじめに赤ひげに辛くあたったことにひどく後悔する。
私は医学部に行きたいと願う受験生に毎年指導し大学に送り込む。
しかし、残念なことに余りにも、自分の学習にのみに焦点を当てることに囚われ、他人を思いやることを全く知らない愚か者がほとんどだ。
自分のことしか考えない。
自分が使用した設備すら大切に使えない。
友達にすら思いやれない。
余りにも自分のことしか考えない者が多く、その程度がひどくなっているので、私自身の考えが間違っているのかという錯覚すら覚える。
大人がそうではないと子供を叱るが、たいていの場合、子供はそれを煙たがり、また説教か、としか捉えることができない。
正しいことを言われているのにそれが理解できないのだ。
つまり、子供のどんどん知能レベルが低下している。
そんな子供達には、理屈で分からせるしかない。
子供にとって、自分の考えを変えるための手段として、「理屈」という最後の砦だけだけしか残されていないのだ。
なぜ、利他的にならなければならないのか?
人間は考えた量と質に正比例しステップアップする。
考えた分だけ脳内の情報ネットワークが密になり、様々なアーカイブの蓄積がなされるからだ。
自分のことしか考えられない人間は、そうではない人間に対して思考対象領域が狭い。
思考対象領域が狭いということは、脳内の情報をネットワークするスピードも質も低いということだ。
自分のことよりも他の人のために尽くしたいと考えられる人は結局、思考対象領域が広いので、
たくさんものを考えるようになる。
結果的に勉強ができるようになり、周りに気を配れるようになるので、
逆に自分がピンチの時に周りが助けてくれるようになる。
自分の周りが必要なときにサポートしてくれる力学が働くようになる。
利他性。
それはDNAが人間に最初から搭載されていたということで、無意識に利他的に行動することが快感につながり、
単純に利他性を意識すれば必然的に何もかもがうまくいくようになるということを前に述べたが、
上記の理由によっても大切な概念だということがわかる。
できるだけ早い段階でそれに気が付いた人から、自分が幸福でいられる時間が多くなる。
このブログを見た子供の中で何かが変化し、利他的に考えられるように少しでもなってくれたら、
私も利他的行動に参加できたということになり、私自身の脳内の快感を感じる部分が刺激されて、
幸福なのだが。
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