心に深く傷を負った週末
- 2008/02/25(月) 09:45:16
毎日次々と心が負傷しては回復するという繰り返しだ。
しかし、さすがに土曜日は堪えた。
あらゆる方向から心が傷つけられ、瀕死状態におちいった。
自分の無力さを再認識した。
そういう出来事を通して、自分の思い上がりと、真実との整合性を保つような宇宙の力学が働くのだろうか。
仕事帰りの電車の中では立っているのがやっとだった。
その原因となる問題が些細なことだと分かっていても負の感情になる自分に気が付いてますます心にダメージを負う。
まさに、負のスパイラル。
きっと人生のプロフェッショナル、仙人はそんなスパイラルとは無関係なんだろう。
きっとそういった知の巨人達にとってすべての問題は同じ平面上に常に配置されていて、問題の解決を阻害する原因となる「感情」がそれとまったくリンクしないような思考回路が出来上がっているのだろうか?
スターウォーズに登場するマスターヨーダのように、常に目の前の問題に対して冷静で、自分に飛び込んでくる感情をかき乱すようなノイズは、自分の中に進入せずにいるというような境地なのか?
私は常に日ごろからそんな境地にたどり着きたいと意識している。
しかし、なかなかそんな境地にはたどり着けていない。
努力に努力を積み重ねてやっとの思いでたどり着くものだから、そんな境地は尊い。
ということならば、まだまだ自分の努力が足りないだけではないか?
そんな境地に様々な困難を乗り越えて辿り着くと、そこには別の景色が見えるのだろうか?
すべての問題の根本にあるのはある境地に立った、いわゆる神のような存在に自分もなれるのかという不安だ。
とにかく、無力な今の自分にできることはそんな境地を期待して、様々なノイズと戦わなくてはならないのだろうか。
話を戻すと、
現に今現在土曜日に負った深い傷は癒えていない。
私の場合、その傷が仮想の思い込みのものが多いが、そうとは分かっていてもなかなかその傷から回避できる術はまだ身につけていない。
この仕事をし始めの駆け出しの頃は、様々な傷から強くなるためにはとにかく「経験」が必要条件だと思い、とにかく必死に耐えてきた。
ところが、5、6年経った今でも傷が付かないように振舞うことはなかなかできないでいる。
様々な圧力に押しつぶされないようにするには、見かけは嫌だと思ってしまう事柄に対して正面から取り組むしかない。
それを避けたり、回避したりしても常に自分の周りを徘徊するので、はじめから真正面から取りかかるのが効率が良いということは学んだ。
私を追い込む外圧や、思考を停止させるかのように見える様々なノイズは一見すると、自分を向上させるのを抑圧するものだと捉えやすいが、
それらがあるから脳が鍛えられるのじゃないか。
それらがあるおかげで自分の欠点を克服するための力が生み出されるというメカニズムが働く。
様々なノイズに対してしっかりとまずは何が本質なのかを見抜き、できるだけ自分にとって無価値なものは放置し、
一見すると嫌な事柄に果敢にチャレンジしていくしかない。
その先に様々な突破口が広がっているのだろうと期待することが今の無力な自分にできる精一杯の振る舞いなのか?
今日は半分自分の感情をそのまま書いたので、論理的でない文になってしまった。
まあよいか。
今日からまた一週間が始まる。
自分の目の前に対峙する問題の一つひとつに感情移入し、一生懸命に取り組んでいきたい。
まずは、その結果としてすぐに充実した夜を迎えることを期待する。
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